藤田 幸久(ふじた ゆきひさ)議員

 
政党 民進党
選挙区/肩書 参議院議員・茨城県
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茨城には力があります。茨城に生まれ、育った政治家として、茨城に笑顔と力を取り戻す。

公式webサイト 藤田 幸久(ふじた ゆきひさ)議員公式webサイト
経歴 1950年
茨城県日立市に生まれる。
1957年
日立市二葉幼稚園卒園
1963年
日立市立会瀬小学校卒業
1966年
茨城大学付属中学校卒業、中学時代はサッカー部で茨城県大会で準優勝。
1969年
茨城県立水戸第一高校卒業
1975年
慶応義塾大学文学部哲学科卒業
MRA国際親善使節「ソング・オブ・アジア」(Song of Asia)に参加、2年間にわたりアジア・大洋州の青年約50人と約100の家庭にホームステイをしながら世界14カ国を歴訪。これまで49カ国を訪問し、約200軒の家庭でホームステイ。
1979年
難民を助ける会の創設に加わる。その後、常務理事。
1984年
(社)国際MRA日本協会(後に国際IC日本協会)専務理事。
1996年
民主党から衆議院東京比例区で初当選。(選挙結果)初の国際ボランティア出身政治家として活躍。「対人地雷全面禁止推進議員連盟」事務局長として、小渕恵三外相らとともに、日本のオタワ条約調印を実現。不良債権問題、官僚の天下りや税金のムダ使いを厳しく追及。民主党代表団の中国訪問(胡錦涛副主席)、韓国訪問(金泳三大統領)の企画及び随行を行う。サポート校の不登校生徒の通学定期支給を実現。
2000年
第42回総選挙で、東京12区で八代英太郵政大臣と戦い、64,913票を獲得するが、次点となる。(選挙結果)
2003年
第43回総選挙で、東京12区で公明党太田昭宏代議士と接戦を演じ、95,110票を獲得し、東京比例区にて当選。民主党国際局長、文化団体局長などを務める。
2004年
イラク邦人人質事件の翌日、隣国ヨルダンに飛び、人質救出支援活動を行う。
民主党代表団の欧米訪問(国連アナン事務総長、スウェーデンのパーション首相など)の企画及び随行、民主党代表団の訪米(グリーンスパン連邦準備制度理事会議長、アーミテージ国務次官など)の企画及び随行を行う。



2005年
スマトラ沖津波・地震の被害を受けたインドネシアとスリランカを訪問して支援活動を行う。
第44回総選挙で、公明党太田昭宏代議士、八代英太代議士と戦い73,943票を獲得するが、次点となる。(選挙結果)
選挙後も、国際局副局長として、パキスタン地震の調査団(若林秀樹団長)を企画し現地での支援活動を行う。ジャワ島地震の際も調査団(末松義則団長)を企画し、
現地で支援活動を行う。これらの訪問直後には、総理官邸を訪れ、日本の緊急援助のあり方に関する政府への提言を行った(活動報告を参照ください)。
2006年~2009年
聖学院大学非常勤講師
2007年
第21回参議院選挙で茨城選挙区から初当選。保守王国の茨城県で民主党として初めて一騎打ちで自民党候補に大勝(選挙結果)。外交防衛委員会理事、拉致問題特別委員会委員長、明日の内閣防衛副大臣、民主党国際局長。
2008年~2009年
明日の内閣防衛副大臣、外交防衛委員会理事、北朝鮮拉致問題特別委員長
2009年~2010年
党国際局長
決算委員会委員
2010年~2011年
参議院財政金融委員長
2011年~2012年
財務副大臣
2013年
参議院財政金融委員長
第23回参議院議員通常選挙において、茨城選挙区で204,021票を獲得し当選。(選挙結果)
参議院国家基本政策委員長、財政金融委員会委員
現在
北朝鮮による拉致問題に等に関する特別委員会理事、外交防衛委員会委員、東日本大震災復興特別委員会委員、ネクスト防衛副大臣、ネクスト  内閣府特命担当副大臣(拉致担当)、21世紀教育研究所理事

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